引退、そして第二の人生

一昨日、私の職場の入居しているビルで守衛をやられているTさんが、仕事人としての人生を終えた。Tさんは、テナント入居者と守衛さんというドライなつながりではなく、時間さえあれば私たちと四方山いろんな話しをすることが好きな人だった。沖縄出身のTさん、ご家族で南米に渡り多感な時期をブエノスアイレスで過ごしたTさん、日本に戻ってからもJAICAに所属し世界各地で活躍したTさん。

過去の辛い話しをされると、時折言葉を詰まらせることもあった・・・。私なんかが想像できない体験をされてきたのだろう。Tさんの笑顔はそういった様々な体験の積み重ねから滲み出る笑顔だったんだ。

Tさんが私に引退の決意を話してくれたのは、辞めるほんの数日前。驚いたが、かといって一人の大人が決めた事、ましてTさんが決めたのであれば余程の理由があるのだろうと、「そうですか、寂しくなりますね」と、これ以上無いくらい当たり前の言葉をTさんにかけた。

Tさんのご両親は遠くブエノスアイレスの地で眠られているとのこと。Tさんは明るく言った「俺ももう60半ばだからさ、いつ死ぬかわからないだろ。女房と一緒に墓参りに行ってくる。恐らくこれが最後さ」と・・・何も言葉が出なかった。
さらにTさんの決意は続く。タバコが大好きなTさん、これを機にやめるのだそうだ。Tさんが25歳の時、あるアクシデントで落ち込んでいた時期があり、そんなTさんの姿を見てお祖母さんが勧めてくれたのがきっかけで吸い始めたそうで、以来約40年のキャリア。こんな会話をしている最中もショートホープを美味そうにやっている。

「最後の日、挨拶には寄らないから」
とTさん。

「わかってますよ」
と私。

お互い大笑い。この短いやりとりで、すべてOK。互いの言わんとすることは全て通じた。
Tさん、仕事人人生最後の日、2006年8月25日。私はささやかなプレゼントをTさんに渡した。1940年生まれのTさんに何をプレゼントしようか悩んだ挙げ句、私のコレクションからこいつをTさんに

「1941年モデルを再現したZippo」だ。

私も大のお気に入りで、新品のままコレクションしていたもの。フタとボディは未使用であるためにシーリングされている。使う為にはこのシールをはがさなければならない。タバコを辞める決意をしたTさんにあえて・・・

「使わないで下さいね」
と私。

「わかってるよ」
とTさん。

最後の日も大笑いだった。ありがとうTさん。
アディオス!